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第3話 正しいより楽

last update Last Updated: 2026-01-26 19:00:00

 あの時の俺は、あれが最善の判断だと、本気で思っていた。

 時間は数週間前に戻る。

 いつものように公務が忙しかった。

「この部分だが、君はどう思う?」

 俺は王都にあるシュナイエ王国の王宮において、クレアに意見を求めた。

 資料の確認をするためだ。

「私は、殿下のご判断が最善だと思います」

「そうか」

 クレアは決断をしなかった。

 俺の判断が正しいと言ってくれた。

 それは嬉しくもある。

 安心できるからだ

「君の意見で確信が持てた。ありがとう」

「いえ、殿下の考えは正しいですから。あなたは王太子ですので」

「王太子、か。確かにな」

 俺はちょっとクレアに笑みを見せる。

 すると彼女も微笑み返した。

「ふふ、そういったところ、魅力的です」

「そう言ってくれると嬉しい」

 クレアは肯定的に捉えてくれる。

 それが俺の心を惹きつけた。

 婚約者がいるのにな。

 クレアは、迷うことそのものを否定しなかった。

 それが、俺にはありがたかった。

「そうだよな」

 俺は彼女に対して、そう呟いた。

 だからこそ、意見を訊くんだよな。

(俺だって迷うよな)

「クレア、ちょっと良いだろうか?」

 何日かして、彼女に意見を求めた。

 ちょっと遠慮がちに。

「迷われていますのね」

「ああ」

 彼女は俺の様子を察して、優しく微笑んでいた。

 少々安心する。

「俺だってただの人間だからな」

 先日クレアに言ってくれた事を返した。

「勿論ですよ。迷われるのは、真剣だからだと思います」

 クレアは頷きながら俺の事を肯定してくれる。

「私としてはーー」

 そして意見を言ってくれた。

 俺は楽になった気持ちになる。

「ありがとう。つっかえていたものが取れた気分だよ」

「ふふ、そんな所が私はお好きですよ」

 笑顔を見せてくれるクレア。

 水が流れるように、俺は楽な方向へ心が向いていく。

「君は縛らないな」

「そんな。私はただ、殿下を尊敬しているだけです」

 彼女がそう言ってくれる事に心が温かくなる。

「あのレオポルド殿下、お疲れではありませんか?」

 少し経って、業務が終わったタイミング。

 そこでクレアは話しかけてきた。

「疲れか。そう見えるのか?」

「はい」

 俺では気づかなかったが。

 彼女は気がつくのか。

 確かに自分の事を気づきにくいってよく言われるが。

「あの、よろしければちょっとだけですが、肩をほぐしてあげましょうか?」

「い、良いのか?」

 俺が触ってみると、肩がかなり硬くなっている。

 痛みも少々あるようだ。

 やはり疲れているのだろうか。

「はい。ただ、殿下がご都合が悪ければ大丈夫ですので」

 彼女は、距離を詰めすぎないよう、どこかで気をつけているようにも見えた。

「いや。少しだけ頼む」

 ずっとやってもらうと悪いからな。

 それに他の侍女に見られると、クレアの居場所が無くなる。

 だから少しだけ。

「ありがとうございます」

 クレアは俺の肩を揉んでいく。

 優しく痛まないように。

「力は大丈夫ですか?」

「いや。丁度良い」

 肩のこわばりがじんわりと取れるようだ。

 こんなに硬くなっていたなんてな。

「ありがとう」

「いえ、微力ですがお力になれて幸いです」

 肩がほぐれると共に、彼女との壁も薄くなっていくようだ。

 何でもは言えないものの、多少なら話せると思う。

「殿下、一人で抱えすぎないでくださいね」

「そうだな」

 ここでは迷っていい。

 それが俺を彼女へと近づけさせた。

 優しい意見を貰えるから。

 正しいかどうかより、楽かどうかで選び始めている。

 この日、俺は婚約者のユリアナ嬢に意見を訊いていた。

 彼女も公務を手伝ってくれる。

 公爵令嬢であり婚約者という立場から、クレアよりも多くのことを行っていた。

 それは助かっている。

「これに関して、君はどう思う?」

「殿下、もしかして迷っておられるのでしょうか?」

 ユリアナ嬢は俺へはっきりとした目を見せていた。

 感情を持たずに。

「そうだ。だから……」

 俺の言葉を待たずに、ユリアナ嬢は回答を行った。

「判断は迅速に。迷いを見せるべきではありません」

 その回答がそれだった。

 正論であるが訊きたい回答とは違っている。

 意見を聞きたかったのに。

「分かっている」

 俺は少しだけモヤモヤとしながら、ユリアナ嬢へ返事をした。

 彼女は平然としながら手伝いを続けている。

「殿下は王太子ですわ。民に迷う姿を見せてはなりまあせん」

「ああ」

 ユリアナ嬢の意見を知りたかったのに。

 確かに俺は王太子だ。王となるのに、迷いは禁物とも言えるが。

「そうだな」

 ため息を吐きながら、返事をする。

「殿下、お疲れでは?」

「そう見えるのか」

 ユリアナ嬢も分かるんだな。

 俺の婚約者だ。

 何回も見ていたら分かってくる。

「はい。ですが、迷ってはいけません」

 彼女ははっきりと、俺に言った。

 それでもユリアナ嬢は、一瞬だけ言葉を選んだように見えた。

 癒してくれたらいいのにな。

 それが、王太子として間違っていることだとしても。

「俺は間違っているのか?」

「いいえ。ただ”迷ったまま進む”ことが、最も危険です」

「ああ、それは正しいな」

 俺はユリアナ嬢の言葉に頷く。

「民を迷宮へ誘い込ませてはいけませんのよ」

「分かっている」

 彼女は迷わないことが正しいみたいだな。

「だからこそわたくしは、貴方の婚約者として支えなくてはいけませんの。迷わないために」

「そうだな」

 ただ、婚約関係という一本の糸だけで繋がっているという状態に思える。

 その糸は俺をきつすぎないが、ほどけそうにない。

 ああ、悩ましいところだ。

「結婚しても、ずっとそのままか?」

「勿論ですわ」

 そうなるよな。

 俺が王になっても変わらないな。

 ユリアナ嬢は俺を正しくしようといるだろう。

「わたくしは、殿下を好いております」

 彼女は柔らかいが揺るがない微笑みを見せた。

「好いているから、迷ってほしくはありません。わたくしは理想の王妃になりたいのです」

 理想か。

 ユリアナ嬢にとって、俺はどんな王太子や王であった方が良いんだろうな。

 間違っていないし、むしろ正しいだろう。

 だから彼女が婚約者なんだ。

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