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第3話 婚約破棄

last update Tanggal publikasi: 2026-01-26 19:00:00

 数日後、王宮にある応接室。

 そこで俺は立ってある人物を待っていた。

 侍女を通じて、やってくるように伝えている。

「失礼いたしますわ」

 やってきたのはユリアナ嬢。

 礼をしながら応接室に入ってくる。

 いつもと変わらない表情をしていて、何も不安に思っていない。

「来てくれてありがとう。時間は取らせない」

「殿下、どういった用件でしょうか?」

 一呼吸置いて、伝えることにする。

「君との婚約を、ここで解消したい」

「……っ!」

 ユリアナ嬢は驚いた表情をしていた。

 確かにそうなるよな。

 でも取り乱すこともなく、ただ考えているようだった。

「理由を、お聞きしても?」

 次に彼女が口にした事は理由を訊ねるもの。

 彼女には心当たりが無いようだ。

 俺は彼女に視線を合わせず、書類を差し出す。

 それは、婚約を解消する旨を書いたもの。

 これによって、完全に俺とユリアナ嬢は婚約を解消することになる。

「理由か。これは、君のためだ」

「わたくしのため?」

 きょとんとしている。

「君は、正しい王妃になる人だ」

 それは間違っていないと思う。

 ユリアナ嬢と結婚すれば、彼女は正しい王妃になれるだろう。

「だが、俺にはそれを受け止めきれなかった。それ以上の説明は、出来ない」

 俺は謝罪をせず、ただ理由を伝えていく。

 それを感情もぶつけずにユリアナ嬢は聞いていた。

 言葉を遮らず、ただ淡々と。

 俺の言葉が終わると、ユリアナ嬢が口を開く。

「わたくしが、殿下のお役に立てなかったのでしょうか?」

「いや。何も」

 その問いかけに対して、俺は間を置かずに答えていく。

 即答と言ってもいいくらいに。

 確かに彼女は悪くない。

 役に立っている。立てなかったことはない。

「これまでの尽力に、感謝している」

 俺はユリアナ嬢に一礼をして出ていこうとする。

 彼女は俺に縋るわけでもなく、ただ俺を見ていた。

「必要な手続きは、後日こちらで行う」

「分かりましたわ、殿下」

 彼女は泣くことはなく、怒るわけでもなく、俺に対して一礼を返した。

 姿勢は正しく、王太子の婚約者としては相応しいように思える。

 だが、少なくとも今の俺には受け入れられなかった。

 俺は応接室を出ていく。

 この時点で、俺とユリアナ嬢の婚約関係は終わったのだった。

「何故なんだろう。どうして心は晴れないんだ」

 応接室を出ていった後、心は曇ったままだった。

 雲が消えていって、青空になるはずなのに。

 開放感が訪れないなんて。

 しかも強い喪失感が起きている。

 ぽっかりと空いた穴。

 そこに埋められるものが見つからない。

 大切なものを失ってしまったみたいだ。

 失った理由は、まだ分からない。

 ただ、もう取り戻せないことだけは、分かっていた。

「何だろうな。すっきりしない」

 心の中でもやもやしている。

 ユリアナ嬢と婚約解消して、落ち着けるはずだったのに。

 何か間違ったのだろうか。

 迷ってはいないはずなのに。

「殿下、どうしましたか?」

 王宮内を歩いていると、クレア嬢と出会った。

 俺の様子を見て、心配そうに見ている。

「いや何でもない」

「……そうは見えませんが」

 心配かけさせまいとするが、クレア嬢にはお見通しだった。

 やっぱり分かるよな。

「実はユリアナ嬢と婚約解消をしたんだが、何も満たされないんだ」

 仕方ない。

 ここは正直に事情を言おう。

「そうでしたか」

 クレア嬢はそれを聞いて、少し俯きながら悲しそうな表情をしていた。

 もしかしたら、解消したことがショックなのだろうか。

「お辛かったのですね」

 それでも彼女は俺を慰めようとしていた。

 察しながらも、柔らかい微笑みを見せて。

「……ああ」

「大丈夫です。今は様々な感情が混ざっているだけです」

 クレア嬢は一瞬ためらってから、そっと距離を保ったまま言葉を掛けていく。

「そうなのか……?」

 少し楽になって、心が落ち着くような感じになる。

「はい。ですから、今は無理をなさらずに休んでください」

「ありがとう。すまなかった」

 こんな時でも寄り添ってくれるなんて。

 ただそれでも、完全には心は埋まっていない。

「いえ。変なことは考えないでくださいね」

「そうだな」

 俺は今日の公務を済ませながら、部屋へと戻っていく。

 今度、彼女にお礼をしないとな。

「上手くいかなかったな……」

 そして今、王宮に帰る途中、さらに雨脚は強くなっていた。

 だが俺は馬車の中だったのもあって、濡れることは無い。

 馬車で来て良かったな。

 俺は馬車の中で椅子に座って、考えてみることにした。

 揺れる車内、それでも考える余裕は充分にある。

「……ああ、失敗した」

 ユリアナ嬢は謝罪を受け取らなかった。

 拒絶して、『帰りなさい』って言われた。

「だが、謝罪そのものが間違っていたわけじゃない」

 ”謝罪は不要”って言われたわけじゃない。

 受け取る準備はユリアナ嬢にもあった。

 俺の準備が悪かっただけ。

『はっきりとわたくしに理由をお伝えください』

 ユリアナ嬢はそう言っていた。

 だから受け取ってくれなかったのは、そこにある。

「問題は、説明不足だ、と思った」

 理由をちゃんと伝えられなかった。

 それが敗因。

 誰だって理由が分からなかったら、困惑する。

「つまりーー説明すればいい、はずだ」

 ちゃんとユリアナ嬢に説明すれば、受け取ってもらえる。

 そうすれば、完璧なはずだ。

 俺はそう信じるしかなかった。

 馬車は王宮に着いて、そのまま中に入っていく。

「殿下、お帰りなさいませ」

 王宮に入ると、作業補助をしているクレア嬢と出会った。

 彼女は長い間、王宮での仕事をしている。

 ある程度は信頼が出来る。

「出迎え、ありがとう」

 軽く感謝して王宮内を歩いていく。

「顔色があまりよくありませんね」

 彼女は俺を見て、そう優しく言い表していた。

 そう見えるのか。

 確かにな、謝罪が上手くいかなかったから。

「謝罪が上手くいかなかったんだ」

 クレア嬢は俺がどこへ何をしたのか知らない。

 簡単に結果だけを伝えた。

「あまり誠意を伝えられなかった」

「そんなことはありません」

 だがそれでも、クレア嬢は穏やかな微笑みを見せながら話していく。

 俺を庇ってくれるんだな。

「殿下は、誠意を尽くされたのだと思います」

 確かにそうだ。

 誠意は尽くした。

 説明をちゃんと出来なかっただだ。

(少なくとも、間違っていなかったと、思いたかった)

「だから元気出してください」

 クレア嬢は微笑みのまま、俺を励まそうとしてくれた。

 そうだな。倫理的に問題ない。

「ありがとう」

 彼女に感謝する。

 それからクレア嬢と別れて、俺は自室へ。

 椅子に座って、気持ちを落ち着かせる。

 少ししたら侍女のレーナ・ニコシアが部屋に入ってきて、紅茶を置いた。

「殿下、お疲れ様でした」

 レーナが笑みを見せている。

「ああ」

「謝罪に行かれたって話を聞きましたが」

 やはりさっきの状況を聞いていたのだろうか。

 確かに、他の人物だっていたからな。

 聞こえるのも仕方ない。

「そうだ。ユリアナ嬢とな」

「ユリアナ様、ですか」

 レーナは考えながら、考え事をしていた。

「彼女は、理由を求めていた」

 自室だからというのもあるだろう。

 より、レーナには詳しく話していく。

「なら、理由を説明すればいい」

「あの殿下、理由とは……?」

 慎重な感じでレーナは訊いていた。

「俺は、彼女のためだと思っていた」

 はっきりと、言い放つ。

 ユリアナ嬢は間違っていないからな。

「…………」

 するとレーナは沈黙してしまった。

 どうしたんだろうな。

「あの、それは……殿下のお気持ち、ですよね?」

「そうだな」

 勿論だ。

 俺が弱く、彼女が正しかった。

 彼女のためだと思っていた。

 だから、身を引いた。

 それが間違っていた。

「犠牲だと、そう言い聞かせていた」

「殿下、それをそのままお伝えするおつもりなのですか?」

「当然だ。誠実だからな」

 間違っていない。

 それしか言葉に出来なかったから。

「殿下、それは……”犠牲”ではありません。選択です、殿下ご自身の」

 眉をひそませながら、レーナは話していく。

「おそらく倫理だろう」

 俺は倫理だと思わなければ、立っていられなかった。

「倫理に見えませんが」

 小さい声だが、はっきりとしたものをレーナは伝えてくる。

 いや、合っている。

「もう一度、謝罪に行く」

 決めた。

 ユリアナ嬢から許してもらうためには、こうするしかない。

「またでしょうか?」

「今度は、理由を説明する。前回より、完璧だ」

 言葉が抽象的すぎたからな。

 だからはっきりとしたものがいい。

「次は失敗しないからな」

 理由もあるし、覚悟もある。

 今度こそ完璧だ。

 タイミングさえ間違えなければいい。

 なお、その理由はーーユリアナ嬢の逆鱗を、正確に撫でる内容だった。

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